第三者による精子や卵子などの配偶子の提供は単に不妊治療の延長上という医療的な問題だけでなく、生命倫理、法律、社会的な多方面にわたる問題を含んでいます。
【精子提供】
非配偶者間人工授精をAID(Artificial insemination by donor)またはDI(Donor Insemination)と呼びます。AIDは以前AIDS(エイズ)と間違われやすいことから外国では一般的にDIと呼びます。ここではDIでご紹介します。
DIに対しては日本の歴史は古く、日本で初めて出生したのは1949年からでした。この頃から「不妊」は悩ましい問題だったと考えられます。当時はもちろん体外受精も顕微授精もありませんから、男性側に原因がある場合の救済策で、かつお子さんを授かり産むということのできる唯一の方法とされていました。日本のように家系は父から男の子へ継承されるという父系を重視する社会では、法律上実子となることが家を守ることでもありました。民法772条に記されている「婚姻中妻が懐胎した子は夫の子と推定される」ことから、この方法はかなり広く行われてきましたが、その殆どは隠れ蓑のように秘密で行われていたと考えられています。
日本でも外国でも血液型に配慮し、不用意に事実が暴露されないように提供者についても匿名性を重視する時代が続いてきました。実際にDIで子供を授かった夫婦の9割がその事実を子供には話さないと答えています。またドナーの匿名性も保護されなければならないということも「秘密」となる要因です。
では、子どもが将来事実を知り、自分のルーツをたどりたいと思ったら?実際にその事実を知ったDIでうまれた方たちはどのように感じられているのでしょうか?DIで生まれたお子さんたちの多くが「早く事実を知りたかった」と胸の内を語られます。さまざまな議論と長い経緯を経て、生殖医療はご夫婦だけのものではなく、生まれてくる子供にも一つの権利をあたえられるようになりました。第三者の精子、卵子、胚の提供による生殖医療をうけてお子さんを授かりたいと思うご夫婦は、その治療を受ける前に「生まれてくる子には出自を知る権利がある」との認識を持ってよく考えていただきたいと思います。
子どものアイデンティティや信頼に基づく安定した親子関係を築くにはどうしたらよいのか…答えは簡単にでるものではありません。命をつなぐ治療であるからこそ生殖医療に携わる人間も、受ける側も、そして提供者も考えつづけなければならない大きな課題です。
DIを行う医療機関では上記のことをふまえて事前にご夫婦と考える時間が準備されていますし、もし告知を考えられる場合は、その手助けになる絵本などがあります。是非御相談してください。
【卵子提供】
多くの問題は精子提供とかわりません。実情として卵子の提供は姉妹や友人でなければ無償での提供がむずかしい現状があります。ドナーの匿名性が崩れること、子どもにとって複雑な親子関係が生じる可能性があること、など実施は極めて困難です。
【代理懐胎】
代理懐胎とは健康な卵子をつくる能力をもちながら、何らかの理由で子宮をもたない女性に対して第三者が子宮を提供してその女性とその夫のために挙児をはかる行為をいいます。妊娠、分娩という長期的な女性に対する拘束と身体の危険、その経過中の医療補償も含め何らかの対価が必要であることは明白です。現在日本産科婦人科学会では代理懐胎をみとめてはいません。
【商業目的の第三者提供】
第三者による精子、卵子、胚また代理懐胎が商業目的であってはならないと考えられています。以前、発展途上国の貧困層の女性の代理懐胎が問題となりました。裕福な人たちが子供を得るために貧困層の女性をビジネス化し、そのために子宮を提供し妊娠した女性が命を落としてもなんの補償もない、また生まれてきたお子さんに何らかのトラブルがあった時に引き取らないなど人権的な問題に発展したことがあります。前述は大変極端な例ですが、生殖ビジネスとなり「人を専ら生殖の手段として扱う」ことにより、人道的な問題は生じてきます。必要な対価は必要かもしれませんが、無秩序な商業主義は回避しなければならないと考えられています。
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