精液検査について
問診・診察と並んで、男性不妊症の診療において最も基本的で重要な検査です。主な測定項目は、精液量、精子濃度、精子運動率で、これらの結果から乏精子症(精子が少ない状態)、精子無力症(精子の運動が悪い状態)、精液減少症(精液量が少ない状態)、無精子症(精液中に精子が存在しない状態)などの診断が導かれます。
注意事項
個人内変動
日によって、あるいは同じ日に行った検査でも、測定結果がばらつく事があります。このばらつきを考慮し、正確な診断を下すためには最低でも2回以上の精液検査を行うことが推奨されています。
禁欲期間(前回の射精から精液採取までの期間)
精液検査の結果は禁欲期間の影響を受けることが知られています(禁欲期間が長いと、運動率は低下し、精液量は上昇する傾向があります)。測定条件をできるだけ揃えるために、禁欲期間は2~5日としてください。
精液を採取してから検体を提出するまで
精液を採取してから長時間放置したり、低音や高温に晒したりすると、精子の運動率が低下することがあります。精液を採取してから提出するまでの時間は1時間以内(可能なら30分以内)とし、その間は人肌程度に保温するようにしてください。ご自宅が遠い場合、院内のメンズルーム(採精室)の使用をお勧めします。
精索静脈瘤について
陰嚢内には精巣、そこから連なる精索という束状の組織があります。精索内には精子の通り道である精管、精巣へ出入りする血管(精索動脈、静脈)、リンパ管などが含まれます。精索静脈が太く怒脹し曲がりくねった状態になったものを精索静脈瘤と呼び、身体の構造的な理由からほとんどの場合左側にできます。
精索静脈瘤は決して珍しいものではなく男性の10-20%に認めますが、通常は本人の健康や精子の状態には影響を与えません。しかし原発性(一度も自然妊娠に至ったことがない)男性不妊症の患者さんでは35-50%、続発性(過去に自然妊娠に至ったことがある)男性不妊症では75-81%と高率に認められることから、精索静脈瘤と男性不妊症との関係が注目され、古くから治療対象とされてきました。
精索静脈瘤は外科的な方法により治療します。当科では片側の精索静脈瘤の治療は主に顕微鏡下低位結紮術、両側の治療には腹腔鏡下高位結紮術を行っています。どちらの手術も全身麻酔下に、一泊入院で行います(健康保険が適用されます)。それぞれの治療の詳細については担当医にお尋ね下さい。
精索静脈瘤手術による精液所見の改善率は約5—7割前後、女性パートナーに問題がない場合の術後妊娠率(自然や人工授精、体外受精、顕微授精を含めて)は25-50%前後と報告されています。また最近ではART(体外受精や顕微受精)の成績に対しても効果もがあると報告されるようになっています。
無精子症に対する手術:TESEについて
通常の精液検査で精子が認められず、精液を遠心・濃縮しても見つからない状態を無精子症と言います。無精子症は以下の2つに分類されます。
閉塞性無精子症(Obstructive azoospermia, OA)
精子の通り道(精路)の閉塞が原因。精巣の中では正常に精子が形成されている。無精子症の約20%を占める。
非閉塞性無精子症(Nonobstructive azoospermia, NOA)
精路に明らかな閉塞はなく、精巣内での精巣の形成に異常が生じている。無精子症の約80%を占める。
OA患者さん、NOA患者さんの両方に対して、現在標準的に行われているのはともにTESE(精巣内精子回収術)と言われる手術です。しかし2つのTESEの内容は実は異なっています。
OA患者さんに対して:conventional TESE
陰嚢の真ん中(陰嚢縫線上)を約3cm、あるいは左右どちらかの陰嚢の上を約1cm切開し、精巣の被膜に小切開を入れて、精巣組織の一部を採取する。
NOA患者さんに対して:micro(MD)-TESE
精巣の被膜を大きく開いて、手術用顕微鏡で精巣内をくまなく探索して精子を回収する。片方の精巣で回収出来ない場合、もう片方を検索する。
いずれの方法も保険適用され、全身麻酔下、一泊入院で行います。OAに対するconventional TESEの場合、精子回収率はほぼ100%となりますが、NOAに対するmicro-TESEでの精子回収は約30%にとどまります。
またOA患者さんに対しては、閉塞部位を取り除いて繋ぎ直す精路再建術を行うことにより、自然妊娠が可能となる事もあります。
精子凍結保存について
体外受精・顕微授精などの不妊治療においては、何らかの方法で採取した精子を、配偶者の卵と受精させるという操作が行われます。受精を行えるタイミングにおいて、通常の方法で精子採取が困難、または可能であってもその量が極端に少ないため受精が困難な場合があります。そのため、予め受精が可能な精子を採取して凍結保存しておき、後日融解して卵との受精に用いることができます。
精子凍結保存の対象となるのは以下のような場合です。
- 射出精液の検査所見が極端に変動し、しばしば充分な精子の回収が困難、あるいは無精子症となる場合
- 無精子症の方。あるいは射出精子での顕微授精が成功せず、精巣内から採取した精子を用いた治療で受精が見込める場合に、精巣内精子回収術(TESE)や精巣上体精子回収術を行って精子が回収出来た場合
- 射精障害(脊髄損傷、神経・精神疾患、薬物治療中の副作用など)のため、受精のチャンスにあわせて精子を回収できない場合
精子凍結・融解に関しては、様々な注意点、問題点があります。精子凍結保存を希望され方、あるいは医療者から精子凍結保存の施行を提示された方は、泌尿器科医や不妊カウンセラーから充分な説明を受け、納得された上で臨むようにしてください。
高度精子精液機能検査について
DFI(SCSA)・ORP検査のご案内
高度精子精液機能検査とは?
一般精液検査は、男性不妊の治療方針を検討する上で重要ですが、精子機能を充分に反映できていない可能性が指摘されています。例えば、通常の精液検査で異常がない方でも、精子がDNAの損傷を受けている割合が高い患者さんでは、受精率や妊娠率が低くなったり、流産率が高くなったりすることが報告されています。
高度精子精液機能検査の意義
男性側の隠れたリスク因子を特定できる可能性があります。DNA損傷の改善を目的とした「生活習慣改善の必要性」や「抗酸化サプリメントの服用」、「精索静脈瘤手術の必要性」、また、「ART(体外受精や顕微授精などの高度生殖医療)へステップアップする判断」等、今後の治療方針を立てるための目安となり得ます。
高度精子精液機能検査の種類
1.DNA断片化指数検査(DFI検査※)
どの程度の割合で精子のDNAが損傷しているのかを測定します。
※DNA 断片化指数(DFI)とは損傷したDNAを持つ精子の割合のことです。
別名「SCSA(精子クロマチン構造検査)」とも呼ばれます。
精子DNAの二重鎖構造が保たれているか否かを、酸処理し、アクリジンオレンジで染色後、フローサイトメーターで測定します。
フローサイトメーター
精液中酸化還元電位測定(ORP検査※)
精液の酸化還元電位(酸化ストレス度)を測定します。
MiOXSYS sensor(チップ)に30μlの精液を載せて、MioXSYS ANALYZER(いずれもAYTU社製)で精液中の酸化還元電位を測定します。
MiOXSIS senso(チップ)
MiOXSIS ANALYZER
精液の提出方法
通常の精液検査に用いた精液の残りを使用します。ご⾃宅で採取してお持ちいただいても、当院で採取していただいてもどちらでも結構です(コンドームは使用しないでください)。採取してから2時間以内にご持参いただくとより正確な結果が得られます。
※DFI検査+ORP検査セットの場合でも1つの検体で検査可能です。
※精液検査後の精液の残りが0.3 ml未満の場合は、検査を受けていただくことができません。
※精子濃度が100万/ml未満の場合は正確な結果が得られず、検査結果は参考値となります。
検査結果の報告までにかかる日数
DFI検査、ORP検査とも検査会社への外注検査となります。検査会社への検体送付、検査会社からの報告書送付などにかかる時間を鑑みて、検体採取→検査結果までには約3週間かかります。
費用について
DFI検査、DFI検査+ORP検査とも保険適応外の検査(自費)です。詳細については担当医にご相談ください。なお、別途精液検査代が必要です。
※ORP検査のみを受けていただくことはできません。